2010/09/24

9/17ワークショップ報告(前半)

9月17日に行った、五回目のurbanpotlatch workshopのご報告(前半)。

今回は、ドキュメンタリー監督の早川由美子監督を迎えて、イギリスの「オルタナティヴ•ビレッジ運動」や、早川監督の作品「ブライアンとその仲間達 パーラメント・スクエアSW1」を撮った背景とイギリスの社会運動に関わった経験を話てもらいました。早川さんとは、2008年の夏に日本で開催された「G8洞爺湖サミット」への反対運動を呼びかける国際キャンペーンツアーのロンドン開催時に初めてお会いし、その年の反G8行動の時も現地にて再開した繋がりで、今回お呼びすることになりました。
早川監督のホームページ : http://www.brianandco.co.uk/jp_index.htm

「ブライアンとその仲間達 パーラメント・スクエアSW1」


当日は、tetraの二階を借りて夜7時半から夜10半までと長丁場なトークでしたが、参加してくれた方々の協力と早川さんの丁寧な話し方のおかげで、後半からはいろいろな意見を出てくきました。早川さんは初めジャーナリスト志望で、最初に取り組んだ記事が東京の公園のベンチ撤去と排除的デザインについての記事だったそうですが、その時受けたネットバッシングの経験を通じて、文章では表現できないものを捉えることの重要性に気づき、ロンドン留学時にカメラ購入し、偶然、ロンドン国会議事堂前のパラメントスクエアでテントを張って反戦運動をするブライアンと出会ったそうです。


はじめは、気軽な気持ちでカメラを持って行ったそうですが、徐々に国会議事堂前での反戦運動が警察や右翼との緊張関係の中にあることを実感し、中途半端に関わる事はできないと覚悟を決めて一年間ブライアンと彼をサポートする人たちの輪の中に飛び込んだ経緯を話してもらいました。

イギリスでは、社会運動自体は市民の権利の行使の一つとして当然のように考えられているので、ブライアンの反戦運動自体が特異なものではなく、1980年代には当時イギリスに存在した米軍の核基地に対して、基地の付近に住む女性たちが基地を囲んで封鎖するという「非暴力的直接行動」の例を話してもらいました。この運動は、19年間継続させた結果、米軍基地の国外への退去に成功し、「グリーナムの女たち」の運動(wiki: Greenham Common Women's Peace Camp)と呼ばれる大きな平和運動の一時代を築き上げたそうです。議会制民主主義を越えて、 政治的、社会的な問題を市民が直接的な行動によって自分たちの手で社会変革を実現させていくという、イギリスの直接民主主義の流れの中で、ブライアン達の反戦運動も現われてきたのです。

次に、ファシリテーターである自分がロンドン滞在中に出会った、Kew Eco Villageの人々の運動を、自身の写真や、子供向けの情報番組What is your worldview がEco Villageを取材した際のビデオを使って紹介しました。 ワークショップの時は、手短かな説明となってしまい、彼らの意図、目的を十分に伝えることが上手くできなかったので、このブログで補足的な説明を付け加えたいと思います。

The Land is Yours : Kew Bridge Eco Village  

Kew Eco Villageは、2009年の6月に約30人のアクティヴィスト達が、ロンドン郊外で不動産会社が所有し、空き地として放置されてきた工場跡地に侵入して、テントを張り住み込みながら、植物を植え、コミュニティガーデンを作り、その場所を近隣に住む人たちのコミュニティの場所へと再創造しようとした運動です。この空き地は、約20年もの間、不動産会社によって意図的に放置されてきました。アクティヴィスト達は、土地を囲むフェンスを乗り越えて、できるだけ長期に渡ってその場所にとどまる事で、庭を造り、野菜を育てつつ、都市における自律的でエコロジカルな生活を実現する社会実験の場を作り出そうと試みました。

同時に、この場所は近隣の人々がそこに集まり、その場所で実現したいと願うこと(夕方の社交の場、自然を楽しむ場、子供たちの遊び場、共同で食事ができる場、芸術的活動の為の場、等々)が実現できるような、開かれた場所へと変化していきました。Eco Villageは、資本主義的な空間が排除してきた、お金を媒介とぜすに社会的関係を自由に取り結ぶ場、そして都市の中で自然と再び接する場を生み出そうとする運動だったのです。

 Kew Bridge Eco Village - Virtual reality tour

  
彼らの土地占拠運動もまた、ブライアンの反戦運動と同じく、現代に突然現れたものではありません。それは、17世紀にイギリスの領主たちによる私有地拡大を目的とした、共有地の囲い込み(エンクロージャー)に反対した当時の人々の運動の伝統を脈々と受け継いでいると言えます。
  
The Diggers と呼ばれた人々は、1649年に当時地方領主によって狩り場として私有化されていたSt. George's Hillに入り込み、食用植物の種を植えて、人々に食料や衣服を分配し、自律的な社会空間を築き上げる試みを行いました。一週間の内に、その規模は千人を越え、かれらは、そこで有名なマニフェスト「The True Levellers Standard Advanced」を生み出しました。

 The Diggersが350年前に行った運動の理念、つまり「大地との繋がりを万人の手に取り戻し、真の自由を獲得すること」は、「Land is Ours」という名の、Land Rights(土地への権利)を巡るキャンペーンの系譜となって再び現代に甦ってきます。1996年に約300人の人々が、1648年にDiggersの人々が占領し、植物の種を植えた丘を再び占拠しました。また同年、Land is Oursの賛同者達はビール会社のギネス社が所有していたWandsworthの土地を占拠し、Eco Villageを建設し、数ヶ月の間占拠したのです。

The Land Is Ours, Pure Genius, Wandsworth Eco-Village (1996)


世界史上まれに見る規模で、村単位での土地の共有から少数の領主による土地の私的所有への変遷を経験したイギリス社会が、同時に、持つ者と持たざる者という社会的不平等を社会的階級にまで固定化させた歴史を考えると、イギリスの社会運動の根底には常に「土地の私的所有」という概念が持つ排他的独占という性格と、その現実的な不平等という問題を乗り越えようとする闘いであるように思います。

それと同時に、この土地の私的所有という概念が、歴史的な出来事に由来し、人間の関係の不平等の由来でありつづけたという歴史的事実に十分に意識的であるが故に、人々は「土地の再-共有」、つまり、元々自分の生活に最低限必要なスペースを除いた分の広大な土地を、一握りの人間の所有物から、共に生きる人々が等しくアクセスでき、その使用が可能な限り開かれた場所へと回復させる試みを歴史的に継続させてきたのです。

2009年の6月から2010年の裁判所命令による退去まで続いた、Kew Eco Villageもまた、一時的な政治運動を越えて、より長期的な視野で、これまでの生活とは異なる価値観に基づいた生き方、暮らし方を実践しつつ、土地をコモンなものへと回復させ、近隣コミュニティの人々の散策、社交、教育、遊びといった様々な社会的経験の機会を提供する場所だったのです。(次回へ続く)


*ワークショップの報告会については、早川監督自身のブログでも紹介されています。 
 Brian and Co. Screening Report
    (http://brianandco.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/2010917-8541.html)

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