路上の人々のまなざしから見たエジプト革命を、日本で唯一(と言っていいと思う)タイムリーかつ、深い共感を持って伝えてくれた「イルコモンズのふた」より、革命のまっただ中で生まれた曲。
▼[エジプト革命] Sout Al Horeya/ヴォイス・オブ・フリーダム
Sout Al Horeya صوت الحريه Amir Eid
これは曲も歌詞も映像もコンセプトもタイミングもなにもかもすばらしい。でもなによりも、ジジェクが書いているような「生きている実感」を手にした人たちの表情がどれもすばらしい。
(イルコモンズのふた 2月14日、より抜粋)
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歌っている場所と歌詞とメロディー、そしてPVに出てくる人たちの姿、すべてが一つの状況のただ中にあって、その場所と時間を生きることそのものが歌に変わる。歌と映像が結びつき、ひとつの風景を開示している。このミュージッククリップは、商業プロモーション用のミュージッククリップのように、画面の向こう側に完全に自らを物象化させた人やオブジェをきらびやかに配置して、観る人に「欠乏感」から来る擬制の欲望を喚起させるのではない。
そうではなく、歌、映像、そして映り込む歌い手や人々の表情が、観る私たちへ呼びかけ、語りかけ、そして私たちを彼らが今生きている世界へと誘っている。この誘いに答えたいという私たちの欲望はきわめて健全で、まっすぐなものだ。歌は、そこに映る人々の口から口へと流れていき、youtubeを観ている私たちにまで流れて行く。歌を通して、映像を通して伝わるものは、地球の反対側で、彼らが生きていること、私たちと同じようによりよい明日を望んでいること、そして、長い間抑圧されていた社会を自分たちで打ち壊し、あたらしい世界の空気をその胸に一杯吸い込んでいるその喜びそのものだ。その喜びが、歌という贈り物となり、私たちに届けられている。どうして、この贈り物を拒否し得るだろうか?
未だに「社会が変わるなんて、そんなことは不可能さ」と冷笑的な反応をする人たちにぜひ、聞いてほしい。この喜びの歌、希望の歌が、その答えとなるはずだから。
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