2010/06/06

人々の歌

アメリカのフォーク歌手で社会運動家でもある、Pete Seegerが記録した、ガーナの漁村での労働歌。 かつて、資本主義によって人々の生産活動が計算可能な管理の対象となる以前には、あらゆる労働には歌とリズムが共に寄り添っていたのだろうと思う。

Singing Fisherman of GhanaPete Seeger自身は、その生涯を通じて、反戦運動、公民権運動に関わり、フォークリバイバル運動を通じて多くの歌を残している。おそらく、一番良く知られているのは彼が公民権運動の象徴歌として広めた「We Shall Overcome」だろう。

Pete Seeger - We shall overcome 

彼の歌う組合歌もいい。

Solidarity Forever (Pete Seeger)

Pete seeger which side are you on 

WikipediaPete Seegerより抜粋 

この都市部におけるフォーク・リバイバルは、1930年代〜1940年代の政治活動の伝統を受け継ぐものであり、伝統的な曲や詞を下敷きにして、社会変革 に影響を与えようとしたPeople's Songsの取り組みを受け継ぐものであった。このような実践は、さらに遡れば、スウェーデン生まれの組合活動家ジョー・ヒル(Joe Hill, 1879-1915)が編纂した、世界産業労働組合(the Industrial Workers of the World:その組合員は「Wobbly」と通称される)の『Little Red Songbook』にまで行き当たる。ウディ・ ガスリーは『Little Red Songbook』がお気に入りで、常に持ち歩いていた。

Aakash Nihalani

New York,Brooklyn在住のストリートアーティスト Aakash Nihalaniのアートワーク。歩道や壁にビニルテープで、三次元の図形を描くというシンプルな手法だが、街の中で出会ったものに即座に反応して、手を動 かし、ものの数分でストリートに浮かぶ不可思議な幾何学を作り出していく。 この幾何学模様の花々は、都市の無定形で、不規則で、変化し続ける状況の傍らで慎ましく咲いているように見える。ストリートをスタジオとして、そして展示の場として使いこなす都市生活芸術家の技術。

http://aakashnihalani.com/

Aakash Nihalani's STOP POP & ROLL  実際の制作風景はこちらから。Aakash Nihalani: Cuban (Street Art)


2010/06/05

自発的ミュージカル

ニューヨークを中心として、様々な公共スペースで、演劇的手法を用いながらその場にいる人たちをアクションやパフオーマンスに巻き込む愉快なアイデアを実践しているグループ、Improve Everywhere。彼らがここ数年の間で有名になるきっかけとなった「Spontaneous Musicals(自発的ミュージカル)」というパフオーマンスがある。

普段は特にアートや演劇、音楽といった文化的活動の場所から離れていると思われている場所、スーパーマーケットやフードコートなどで、突然音楽が鳴り響き、いままで隣で座っていた人たちがミュージカルを始めるというものだ。別に歌っている内容は、レモネードこぼしたから紙をちょうだい、とか、昼ご飯大好きといったものだけど、予期せぬ場所から歌や踊りが生まれてくることの新鮮さ、異なる職業や立場の人間が集まって一緒に歌うことへ共感と同時に、その場所のもつ隠れた政治性も同時にあぶり出してみせる。

実際は、数週間かけてスタジオで練習してからなので、いろいろと練られたプロジェクトであるが、その用意周到さと、それを突然街の中で繰り広げるという手法もいい。このグループのオーガナイザーの一人である、Charlie Toddは演劇出身の劇作家。劇場という箱を抜けでて、前衛の特異性を超えた場所に、誰でもが参加できる集団的表現を生み出している。


I Love Lunch! The Musical

下のSpontaneous Musicalが個人的には一番お気に入り。
Food Court Musical

他のミュージカルやプロジェクトはここから Spontaneous Musicals

2010/06/04

転送:イスラエルによる公海上での海賊行為、虐殺ーー自由船団への攻撃

イスラエルによる公海上での海賊行為、虐殺ーー自由船団への攻撃 パレスチナ情報センターより

Posted by:パレスチナ情報センタースタッフ

5月31日、封鎖されたガザに向けて支援物資を運ぶ「ガザ自由船団」の船がガザ沖の公海上で、イスラエル軍に急襲され、数十人が殺傷されるという事件が起きました(イスラエル政府は殺した人数を9名と1日に発表。負傷者は30人程度。ただし、氏名等は明らかになっていません【追加】非公式ですが、ハイファの病院が死者数は25〜26人と出したとイスラエル人が情報をくれました。確認はとれていません)。

襲われた船団は、「フリー・ガザ・ムーブメント」が主にトルコの団体と人道的支援として組織し、1万トンの支援物資と、政治家や元軍人などを含む50カ国 700人ほどの活動家、ボランティアを載せて、封鎖で苦しむガザに向かっているところでした。支援物資の中身は、主に浄水装置や建設資材、それに教育資材などで構成されていました。

船団はイスラエル特殊部隊による急襲を受けて、死傷者を出し、イスラエル海軍に拿捕されて、イスラエルのアシュドット港へ乗員もろとも連れ去られました。乗員は港に設けられたテントで取り調べを受け、強制送還か、収監の措置を受けているようです(イスラエル当局が明らかにしないため、詳細は不明)。

イスラエルは船団が「国にとっての脅威だった」と弁明していますが、公海上で国際法に反し、襲撃、殺人を行ったことへの反応は大きく、31日にはトルコの各都市、スウェーデン、フランス、イタリア、エジプト、ギリシャ、ガザなどで何千人規模の抗議が行われています。イスラエル国内でもテル・アビブで 2000名が抗議を行いました(西岸のカランディア検問所で行われた抗議デモでは、米国人女性がイスラエル軍の催涙弾を片目に受けて、目を摘出するという重傷を負っています)。

国際社会での動きも早く、EUがこの事件に対する対応会議を開き、トルコ政府は「この事件は国家テロリズムだ」とし、イスラエルからの大使引き揚げを決めました。

また、トルコ、パレスチナ、レバノンによる要請を受けて、国連安保理が緊急に開かれ、1日に声明が発表されています。それには、死傷者を出したことに対する非難とともに、船と乗員を即刻解放し、積荷を目的地(ガザ)へ届けること、事件の完全な調査を行うことが盛り込まれています。

イスラエル政府は言い逃れをしていますが、イスラエル内からも作戦の失敗だったという声が新聞紙上を通じて出始めました。

船団にはアルジャジーラTVのほか、トルコのテレビ局クルーや、南アフリカのジャーナリストが乗船し、急襲の映像を記録していました。そのときの映像:


イスラエル兵が自由船団の船に乗り込んだ瞬間


より詳しい情報は、ここで。
パレスチナアーカイブス

ネット上で、アメリカ人の地理学者とマルクスを読む

アメリカのマルキスト都市社会学者/地理学者、デヴィッド・ハーヴェイがオンライン上で、マルクスの資本論を読むという講座を開いています。英語でのレクチャーですが、 こういう授業がネット上で見ることができるのは、とてもいいと思う。

Reading Marx’s Capital with David Harvey

 

書評!!デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』+ヨアヒム・ヒ ルシュ『国民的競争国家』

Posse member's blog より 引用

まず、デヴィッド・ハーヴェイの『新自由主義』(渡辺治監訳、作品社)。新自由主義(ネオリベラリズム。ネオ リベと略されることもある)といえば、グローバリゼーションによって企業間の競争が厳しくなったので、国際競争力を維持するために規制緩和や法人税削減= 財政コスト削減(要するに、教育、医療、社会保障にかけるお金を減らす)をどんどん進めていくべきだ、という考え方や政策のことを指すと考えられている。 これはこれで間違いではない。けれども、本書においては、もっと広い視野からこの「新自由主義」が捉え直されている。ハーヴェイにおいては、新自由主義と はたんなるイデオロギーや政策ではなく、「階級権力再生」ための政治経済プロジェクトでもあるからだ。

この「階級権力の再生」とは何を意味するのだろうか。要するにこういうことである。第二次世界大戦後の資本主義はかつてないほど安定した繁栄を享受し た。「安定した」というのは、このころの資本主義国家は一定の財の再分配を行い、需要を創り出すとともに、社会的統合をはかっていたからだ。これは自然に そうなったというわけではなく、国際的にはソ連が存在し、国内には強力な労働運動があるという状況のなかで、資本の側が妥協を強いられたという側面をもっ ていた。経済成長が続いているときはそれでも資本の儲けは増えていったのでよかったが、60年代後半から経済成長にかげりがみえるようになると、儲けが増 えなくなり、資本や政治エリートは再び自分たちの儲けを増やす策にでた。それが「新自由主義」なのである。つまり、「新自由主義」とは低成長の時代におい て、これまで行っていた一定の再分配を行うシステムを破壊し、富を再び資本=金持ちのほうへと移転させるためのプロジェクトだったというわけだ。これを ハーヴェイは「階級権力の再生」と呼んだのである。よく「国際競争力」のためには新自由主義的な政策もやむなしということが言われるが、ハーヴェイの示す データによれば、新自由主義が本格化した70年代以降、世界レベルでの成長率は実は一貫して低下し続けており、現実に進んだのは格差の拡大、すなわち多く の低所得者から少数の大企業および高所得者への富の移転なのである。

2010/06/02

その日、自分は何をしていたのだろう?

先週の日曜日に東京で、民主党のアメリカ軍基地の辺野古案の承諾に対する反対デモが新宿で行われた時の映像が届きました。

自分たちの主張を叫ぶた為だけでなく、同じ世界で生きている、まだ会ったことの無い人たちの悲しみや苦痛、怒りへの想像力を失わない為に、遠い場所での出来事と今の自分の生活がどこかで繋がっているのだという、その感覚を他の誰かと共にするために、デモに行く人たちがいてもいいと思う。

デモは、彼方から届く声に耳をそばだて、それらが切迫していると感じたその時に、黙って聞いていたテレビニュースのスイッチを切り、家を出て、路上へと集まり、そこに居合わせた人たちと膝を突き合わせて、共に考え、その声を自ら発し始めるところから始まる。

一回のデモが何かを劇的に変化させるとするならば、それはその場所にいる自分自身なのかもしれない。それは、遠い出来事として無視してきた、もしくは、気がつかないままにしておいた問題を再び自分に突きつける。デモは単なるアジテーションでも、その問題解決の手段でもない。デモが作り出すものは、人と人の顔が空の下で再び出会い、今、緊急に話されなければならないことを、皆が自分の声で話し始める瞬間に立ち現れる、「直接民主主義の空間」の一つ姿なのだと思う。

沖縄を裏切るな!新宿ど真ん中デモ/2010年5月30日 

あのとき、あなたはなに をしてたの?

 ほかにあともうひとつ考えることがある。それは、自分が今度また沖縄に行ったとき、あるいは、沖縄の知り合いと会った時、「ところで、共同声明や政府案に 辺野古の名前が記されたとき、あなたはどこでなにしてたの?」ときかれたら...ということである。自分を行動や表現にかきてたてるのはいつも、こうした 想像の問いかけである。いや、強迫観念といってもいいかもしれない。いまここで何もしないでいたら、顔をあわせられない人たちがいる、もうしわけの立たな い人たちがいる。こと沖縄の場合、想像ではなく、ほんとうにいる。だからデモに行く。義理や私情に流されていると云われても仕方ないが、ヒトにはジュゴン やヤンバルにはない人間の義理というものがあり、それがヒトを人間という存在にし、その交換とつながりが人間の社会をつくっているのだから、やはりそれを 「裏切る」わけにはいかないのである。

「イルコモンズのふた」より抜粋

宮下公園についての覚え書き


CNV000018, originally uploaded by morinohito68.
5月18日に、宮下公園を訪れた時の写真です via Flickr

この日は、ドラムサークルのワークショップや、公園でのレイブパーティが行われていて、多くの人たち、そして子供たちも!が訪れていてとても賑わっていました。

公園を占拠していると、親子連れの人たちが自由に遊べないという声もよくネット上で目にします。もちろん、普段の宮下公園は、渋谷の喧噪に比べて、引きこもったような印象もあり、野宿の人たちのテント小屋や今のレジデンスのテントに違和感を覚える人たちも多いのでしょう。

けれども、このような問いは、「野宿=怖い、汚い、犯罪」、「政治運動をしている=怪しい、怖い」といった歪曲化され、単純化されたイメージを他者に投影しつつ、同時に「小汚い野宿者や今の社会に対して声を発する人々がきれいさっぱり存在していない、きれいなナイキ公園」というもう一つの巨大企業の衛生主義的イメージが今まさに、重層的で、複雑で、けっして「きれいではない」宮下の現実を塗り替え、隠蔽しようとする動きに対しては驚くほど無感覚です。

確かに、公園をある種の占拠状態にしていることは、事実であり、それに伴う運動者自身の占有の問題は、「公園は誰のものか」という問いを運動者自信に突き返しています。

そして、この問いに答えることは、とても困難を伴うものです。

ただ、今僕が一つ言えるのは、「公園」は決してきれいな設備や充実した施設と言った、「ハード」ではないのだということです。公園が社会空間の一つの形態である以上、「公園」を「公園」たらしめているものの可能性、そして様々な制約や禁止事項は、実際は人間同士の関係の取り結びの現れです。

いくら奇麗で新しい公園でも、お金を払わなければ入るなと言われたり、これこれの活動以外はしてはだめだ、と言う人たちの下では、遊んだり、休んだり、何もせずにぼーっとしたりすることはより難しいように思います。

「この場所に一時的であれ、もっと長い時間であれ、その場所に今いる人間同士が、どのように振る舞えば、互いによい関係を取り結ぶことができるのか?」

「公園」という場所は、今や、自分の見知らぬ他者と出会い、その場所で、見知らぬ者同士が、どのように共にあることへの相互了解を取り結べるか、その場所にいることのどこまでが納得できるものであり、また、納得できないものであるかを、その場所で膝を突き合わせて話し合う、まだ見ぬ社会的諸関係の可能性を試みる場所としての役割を担ってきているのではないか、というのが僕の予感めいた印象です。

大企業の永続的占領に反対して行われた一時的占拠が、これまであまり語られてこなかった、もしくは自明化されてきた「公共」という概念を揺さぶりつつあるのは、確かです。そして、ナイキ批判やレジデンスへの批判を含めて、すでに「公共なるもの」に巻き込まれているはずです。

「公園は誰のものだ?」という定義を下す問いよりも重要なのは、この日の五月の空の下のように、「子供たち、そして大人たちがそれぞれ、別々のことをしながらも、その場にいることを肯定し合えるような状況を作る為にはどうすればよいのか?」というより具体的で、倫理的な問いへと自分たちの考えを開いていくことのように思います。